今学期のふり返りと個人学習プロジェクトの最終報告

今学期を終えるに辺り、疲れています。卒業まで後3学期あるので、先はまだ長いといえよう。留学して以降、日本語を一生懸命勉強し続き、読書力と文章力を徐々に磨いてきました。今学期も数多くの理工及び軍事用語等を身に付け、現状の進歩で満足しています。これからも頑張って日本語能力を深めるつもりであります。

日本語402の皆さん、今学期一緒に楽しい時間を過ごしてくれてありがとうございます。卒業してしまう方々、おめでとうございます!私も卒業を目指し、学問でも部活でも何でも、必死で頑張って見せます。改めて、本当にありがとうございました。

日本語402個人学習プロジェクト最終報告書

「太平洋戦争について」

氏名:田中啓多

 この最終報告書では今学期学習した太平洋戦争の詳細について述べる。このために元来祖父の物であった、福田幸弘の「連合艦隊:サイパン・レイテ海戦記」を参照にした。これを学習トピックとして選択した理由として、三つの点をあげる。一つ目は先程述べた通り、筆者が所持している福田幸弘の「連合艦隊:サイパン・レイテ海戦記」は元来祖父の物であった。二つ目は、筆者の幼い頃から持っている歴史への興味である。三つ目は、この本を読んで、読書力を深めるためである。

 太平洋戦争の前夜から終戦まで、日本の連合艦隊は前線で制空権と制海権を抑えるため、米海軍と戦った。その連合艦隊の敗戦を決めたのが、「ミッドウェー海戦」、「マリアナ沖海戦」、及び「フィリピン沖海戦」の三つの海戦であった。この三つの海戦にわたって、日本海軍司令部は変わって、日本艦隊の戦力は漸次消耗していった。艦艇隻数のみならず、航空戦力と搭乗員にも巨大な損害があった。

 昭和十七年五月、海軍省からミッドウェー海戦の許可が下りた。ミッドウェー作戦は連合艦隊が望んだ作戦であり、その目的は米軍の国土近接を防ぐことと、ハワイ攻略に向けて、米空母の撃滅であった。そして昭和十七年六月五・六日にミッドウェー海戦が行われた。

 米艦隊のミッドウェー勝利には様々な勝因があった。第一は、米海軍情報部によって、日本海軍の暗号が解読されていたこと。これによって、米艦隊は事前に連合艦隊の攻略目標がミッドウェー島であることを確認できた。第二は、米海軍の索敵強化によって機動部隊を先に発見できたこと。第三は、偶然ながらも雷撃隊より先に攻撃していたはずの急降下爆撃隊が遅れて、引き返す寸前に攻撃目標の機動部隊を発見し、雷撃隊を迎撃していた援護戦闘機よりも有利な態勢で空母奇襲ができたこと。第四は、「冷静沈着型」と呼ばれていたスプルーアンス提督が米機動艦隊の指揮をとっていたこと。第五は、米艦隊の艦艇や索敵機に電波探知機を設置していたことによって、機動部隊の艦載機を先に発見できたこと。以上の勝因によって、米艦隊は情報的に有利な態勢でミッドウェー島周辺に突入できた。

 日本側の敗因は米側の勝因でもあるが、さらに言えばドゥリットル爆撃によってミッドウェー作戦を急がせて準備不足であったと共に、情報不足でもあった。ハワイ方面の交信状況によって後方の連合艦隊司令長官の山本五十六大将は米機動艦隊の出撃に感づいていたが、洋上無線封止であったため、南雲機動部隊に知らせなかった。しかし、これにも山本提督と南雲提督の間のより深い気分的・性格的な齟齬があったとも言われており、それは海軍省の条約派と艦隊派の争いにも関係あったと言われている。こう言った状況で米機動艦隊に気づいた南雲中将の空母群は急いで攻撃隊を陸用爆弾から空母攻撃用の徹甲弾と魚雷に取り換えて、援護戦闘機を呼び戻し燃料補充させたが、この判断によって、攻撃隊の発進が遅れて、発進直前に急降下爆撃隊の奇襲を受け、南雲艦隊の空母群は全滅した。この遅れをおかした南雲中将の判断は「部下を失いたくない」という心情から出たといわれている。

 そしてミッドウェー海戦のおよそ二年後の昭和十九年三月二十二日、「連合艦隊:サイパン・レイテ海戦記」の著者、福田幸弘は海軍経理学校第三十四期を卒業し、海軍主計少尉候補生として第二艦隊、第五戦隊の重巡洋艦「羽黒」に着任した。彼の卒業はおよそ八ヶ月繰り上げられて、それを繰り上げさせたのが「マリアナ沖海戦」であった。しかし、この戦いでは連合艦隊は約九割の艦上航空戦力を失い、艦隊と言える規模の航空母艦隻数を失った。その後、「フィリピン沖海戦」に先立って台湾沖航空戦を行い、203の比率で日本側は航空機を失い、米艦隊の撃沈に失敗した。そして、日本海軍が温存していた水上艦隊をフィリピン沖に突入させ、28隻に及ぶ空母、戦艦、巡洋艦や駆逐艦を沈没させてしまった。これにて、日本海軍は空母中心の機動部隊から、戦艦、巡洋艦中心の水上艦隊までも潰滅し去られたのである。

フィリピン沖海戦に参加する重巡「羽黒」(赤丸で示されている)                福田幸弘もこの時乗っていた

 瞬く間に一学期を終えるに辺り、筆者はいまだ満足していない。今もマリアナ沖海戦についてもフィリピン沖海戦や著者福田幸弘の経験についても知らない詳細がある。筆者は今後もこの内容について深く、広く研究し、知識を広げるつもりでいる。

Comments

  1. 学期を終えるに辺り、疲れているということは、それだけ全力で頑張ってきたということですね。素晴らしいです。ぜひ、これからも日本語の勉強を続けてますます日本語力を磨いていってくださいね。応援しています!

    啓多さんの研究を通して、人間模様や戦争の実態、人の脆さなど歴史の教科書には書かれていないことを学び、血の通った歴史を教えてもらいました。

    興味深い研究、そして、楽しい学期をありがとうございました!

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